赤楽茶碗 長次郎 木守 写し 昭楽窯 造

赤楽茶碗「木守」長次郎  4

「南方録」「利休百会記」などの茶書に、茶会の主たる茶碗として幾度となくその名をとどめた茶碗は、

「木守」をおいて他になく、利休より小庵、元伯宗旦と愛用され、さらに元伯の次子一翁宗守に譲られ、

以後 官休庵に伝来。

その後、松平家に献上され。今日まで同家に伝わるが、大正十二年の関東大震災に遭遇、

東京 松平家の蔵において粉砕され失われた。

後、破片数個が拾い上げられ、これを用いて「木守」の再現の努力がなされ、十二年後の昭和九年、

十三代楽惺入によって完成され、官休庵九代愈好斎宗守によって再び松平家に伝わる。

現存の茶碗は、本歌の破片がはめこまれたものではあるが、利休、小庵、宗旦と伝え

千家茶道の重宝として王道を歩んできた茶碗である。

 

長次郎利休七種の内。

 

 

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